人をゆるせる存在になるためにできること

意識・無意識・プログラム

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

生きていると
どうしても許せない
という人の一人や二人
いたりします。

昔はひどい相手をゆるしましょうとか、

過去のダメだった自分をゆるしましょうとか、
つらかった過去をゆるしましょう

って思っていました。

でもそれって
頭でなんとかしようと
しているだけで
まったく体の奥底に
入っていっていないんですね。

入り口で
ストップがかかっているような
感じです。

人をゆるせないとか
ゆるそうって
思っている人って
ガチガチに硬くなっていて
融通が効かなそうですよね。

おおらかな人って
ゆるすとか
ゆるせないとかって
そもそも考えていなさそうです。

おおらかに生きた方が
楽なのに
ゆるせない人がいるから
心が狭くなるーー。

こういう気持ちを
抱えて生きている人って
案外多いのではないでしょうか。

こういう気持ちを抱えていると
いつまでも許さなければいけない人が
目の前に現れてくるのです。

存在そのもので
人をゆるせる人は
ちょっとした「ゆるせない」が
なくなっていくはずです。

気にならなくなると
そういう出来事も
なくなっていくものなのです。

そんな存在になるためには

感覚で納得するという
プロセスが必要で
そうなって初めて
存在に影響が及ぶ気がします。

人のことを
「ゆるせない」
と思ったとき

「誰がゆるしましょうと言っているのか?」
を冷静にみてみると

そこにいるのは
「被害者の意識である自分」
だと気づきます。

被害者である自分が「何かを」ゆるす、
これが寛大さ(寛容さ)だと
思いこんでいるのですが、

そんな思考でゆるしたつもりになっても

深いところにある被害者としての自分は
全く消えていないのです。

単なる「ゆるしのポーズ」があっただけ。
カタチだけの「ゆるし」です。
上から目線の「ゆるし」なのです。

それは、かつて被害者だった自分が
今はこんなに寛大になり、
愛の存在になったというポーズでしかありません。

そして「悪者をゆるしたのだ」という
傲慢な思い込みからの
「ゆるし」があるだけなんです。

こんな「ゆるし」でも
何となく達成感は残ります。

でも
そこにどんな感覚が生まれるかを
注意深く感じてみると
とてもモヤモヤした感覚が
残っていたりします。

思っていることと
奥で感じていることが
違うからです。

その違和感が
体にモヤモヤしたものを
感じさせているのです。

本当のゆるしを
感じるときは

「あ~! 何だか笑えてきた~」
というような純粋無垢で
ハツラツとしたスッキリ感が
残る気がします。
(個人差はありますが)

そんな感覚が
そんな意識をつくり
そんな存在になっていきます。

ではそんな意識になるためには
どうすれば良いのでしょうか。

それには
まず「ゆるせない」と思ったとき
俯瞰した目線で
その思考と感情を
眺めることが必要です。

思考も感情も
被害者意識からきているパターンなのです。

そのパターンを
またやろうとしているだけという
俯瞰した目線が持てると
選択できることに
気づけるかもしれません。

このままパターン通り
被害者意識を強化するか

パターンを超えて
「もういいや」と
おおらかな意識を
自分のデフォルトに変えるか

癖であるパターンは
同じことをやりたがりますが

意思の力を発動し
おおらかな意識でいると

いつのまにか
存在自体が
変わっているものなのです。

それが
存在がかわる

ということなのではないでしょうか。

ではね!

ことだまのチカラ 読者登録

ご登録いただけますと、ことだまのチカラの最新情報をメールでお知らせします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました