抵抗あるものに向き合うこと

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個人的なことなのですが
最近、脚本が秀逸な100本の映画を
順番に観ています。
いよいよ残り2本、となってきたのですが
急に動きが止まってしまいました。

なぜかその2本を観ようとすると、
「観る必要あるのだろうか」
「なんだか観る気がしない」
「観たら気分が悪くなりそう」
と、思考、感情、肉体が総動員で
避けまくるのです。

そこに過去の経験からくるプログラム
(無意識にできた思考パターン)
が隠れているのは明らかです。
こういう時こそ
意思の力で観てみよう、と思うのですが
なかなか触手が動きません。

しかし、
98本で終わらせるのも気持ちが悪く、
先日、ついに99本目の映画を
観たのです。

2008年のアメリカ映画「レスラー」
という作品です。

簡単に言うと
「かつて絶大な人気を誇っていたプロレスラー
(ミッキー・ローク)は
絶頂期から20年経って落ち目になりながらも、
ステロイドを打ちまくり
なんとかリングに上がっていた。
しかし無理がたたり、心臓発作で倒れ、
生死をさまようことになる。
それを機に第二の人生を模索しようとするが、
なかなか上手くいかない。
その後、いろいろあり
やはり自分にはレスラーの道しかない
と思い至り
再びリングに戻っていく」
という物語です。

見始めて5分くらいは
観るのをやめようかどうか
ずっと葛藤していました。

プロレスがどうしても好きではなく、
「面白くなさそう」という先入観が
拭えないのです。

しかも主演のミッキーロークが
自分の知っているミッキーロークと
違い過ぎる!

映画が始まり20分間
ミッキーロークを見ながら
ミッキーロークはいつ出てくるんだろう、
と思っていたほどです。

まさかずっと出てるおじさんが
ミッキーロークとは!
その変貌ぶりに衝撃を受けました。

自分のなかの
ミッキーロークは
甘いマスクのイケメンで止まっていました。

画面にその片鱗がかけらも残っていない。
(すいません、20代、30代の方にはまったく
意味不明エリア)

いろいろな意味で
観ていて痛ましく
ダメダメな主人公に
どうしても共感できず
自分のなかの何かが
観るのをやめさせようとします。

しかし本当にやめようと
スイッチを切ろうとしたとき
ふと
いろいろな価値観をかぶせて観ていることに
気がついたのです

「野蛮なものへの嫌悪感」
「男性性への恐れ」
「老いることは良くない」などなど。
そこで
見方を変えてみることにしました。

価値観に気がつくたびに
「ああ、そう思っているな」
と意識化し、
物語に集中するように心がけました。
すると少し繰り返しているうちに
頭の中の雑音が減ってきたのです。

次第に主人公の
「そうとしか生きられない切なさ」
が、自分のこととしか
思えなくなってきたのです。

人間は
かつて(若い頃)大切にしていた
価値観や生き方を、変えられなくて
苦しんでいるのではないでしょうか?

そんなことに気がつくと、
ミッキーロークに貼っていた
レッテルが剥がれ落ちていく気がしました。

レッテルを貼って映画を見ると
その中にある
本質的なものから学ぶ機会を
損なってしまうのかもしれない……。
ありのままに観ないと
表面的な感想しか持てなくなってしまう、
そんな気がしました。

観終わって
脚本の秀逸さ、登場人物たちが
愛を持って演じていることに感動しました。
評価の高さもうなずけます。

まさかそんな感想を持てるとは
思いませんでした。

理解しがたいものを理解しようという姿勢が
どれだけ大切か

抵抗のある映画だからこそ
知ることができたのかもしれない。

そんなことに思いを馳せる映画でした。

ちなみに
記念すべき100本目の映画は
山田洋次監督『男はつらいよ』です(苦笑)

みなさま
このエリアは避けているな
という映画はありませんか?
そこに大切な何かが
隠されているかもしれません。

ではね!

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