何が本質なのかを見極める

情報過多な世の中で

今何人かの人が集まると
どうしてもお注射の話になります。


今日、集まったメンバーの中に
医師の方がいて
「打たない人が理解できない」
とおっしゃっていました。

それを聞いて
場に緊張が走りました。

彼は単純に
不思議に思っていることを
口にしていたのですが
「理解されていない」
と宣言されると
された側は
どのように振舞っていいかわからなくなりますよね。

庶民同士が
打つ派と打たない派で
対立しています。

コ〇ナウィルスは人口削減のための陰謀だとか、
ワク〇は酸化グラフェンを埋め込まれるとか、
庶民が知ることのできない壮大な陰の力について
庶民が語っていたりします。

それを信じた人は信じない人を無知だと笑い、
信じない人は信じる人を偏った人たちだと避けようとします。

何が本当なのかはわかりませんが、
無数の利害や利権が複雑に絡み合っているように
感じます。

命に関することなので
考え方の対立は
大きな溝を生みやすくなります。

それぞれの立場で
正当性を主張するだけでは
行き詰ってしまいます。

結局、
事態がこのようにして起きているということは
特定の何かが影響しているというよりは
全体として何かが展開しているんじゃないかと
思うのです。

この世の中は
いい人と悪い人のどちらかで
自分の意見を肯定する人か否定する人か
で判断している限り
このループは続くような気がします。

今できるのは
分かりようのない情報に振り回されて
人を肯定否定の枠に入れるのではなく
それぞれがお互いを尊重しつつ
目の前の現実をしっかり受け止めていくこと
なのではないでしょうか。

横で対立しあっている場合では
ない気がします。

心がどんなにいろいろな観念で渦巻いていても
秋晴れの爽やかな風は頬に気持ちの良いものです。

バーチャルな概念に
意識を持っていかれることなく

今日生きている幸せを
しみじみと感じて
その中で奔走している人々に
(自分も含め)
敬意を表していきたいと
思うのです。

ではね!

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