感情との上手なつきあい方

意識・無意識・プログラム

こんにちは
プロコーチをしてます真辺です。


皆様いかがお過ごしでしょうか?


今日は感情との上手なつきあい方についてのお話です。


私の住んでいるマンションでは
住人が廊下ですれ違うと挨拶をしてくれます。
とてもいい習慣だなと思って
こちらも積極的に挨拶をするように心がけているんですね。

ところが毎朝駐車場でいつもお見かけする住人さんで
どんなに至近距離で目が合っても
絶対に挨拶しない方がいるんです。


こちらも最初のうちは意地になって
目をのぞき込んだり、
大きな声で挨拶をしたりしてみたのですが
完全無視してきます。
まるでこちらが透明人間のような扱いなのです。


ある方にそのことを相談したら、
「きっとその人にも理由があるのよ。多様性を受け入れましょう。
気にするだけ時間がもったいないわ」
と言われました。

自分でも「たしかにその通り」と

そのときは納得したつもりでいました。

しかし、次の日の朝、挨拶をしない住人の態度を見た途端、
自動反応のように怒りが湧いてきたのです。


まるで人間の影をみたら自動的に口を開けてしまう
池の鯉のような瞬速の条件反射(プログラム)でした(笑)
(※プログラム:無意識が作り出すパターンのこと)


人間の影=挨拶しない住人の態度
池の鯉=自分
口を開ける=怒り(感情)
という構図がありありと頭に浮かびました。
どんなに頭で理解したつもりでいても
感情は納得していなかったのです。


感情は、過去の経験によるプログラム(条件反射)が蓄積された
結晶のようなものです。


これを常識や理屈で何とかしようとすることは、
自分自身の感情をコントロールしようとすること同じことなのです。

『北風と太陽』でいう
北風になってしまいます。
無理やりコートを脱がそうとすれば
旅人(ここでは感情)は必死で脱がされまいと抵抗する、
まさに自分の中でそんな戦いが起きているのを感じました。


感情が湧くときには必ず
トリガー(引き金)としての相手がいます。

そこに相手がいて戦いを挑んでいるのは自分だと気がついたのです。


次の日の朝、
いつもの住人さんにお会いしました。
彼の態度は相変らずでしたが

俯瞰して自動反応しない自分がいました。

引き金役をしてくれる相手も等しく「ありのままに観る」姿勢が

大切なのだと実感したのでした。

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