自分の人生を生きる

日々のこと

娘が今卒業論文を書いているんだけど
最後の最後になって
文章にまとまりがないと
焦っていた。

読んでみると
話の流れを中断するような主張や
結論がいくつかあって
どうにも不自然な箇所がある

娘に聞いてみると
それは自分の意見ではなく
先生にアドバイスをもらったところなのだそう。

それを
気にしすぎて
論点がぼやけたり
主張がずれたりしていた。

しかし娘は「そこは削れない、
自分の卒論の論点がぼやけても
中に入れる」と聞かない。

それって本来の目的ずれてますよねえ
と言っても
「でも先生の意向に合ってなかったら
論点があってても結局評価は一緒なの。
だったらこれでいい」と頑なな姿勢だった。

そして「ママは全然わかってない」と言われる。

今の教育制度だと
頭の良し悪しというより
先生の考えに沿っているかが
大切だと生徒は学習する。

成績表を見てみると
気に入られれば高得点
気に入られなければ
親や本人から文句が出ないレベルで
不当な評価を受ける。
これが結構あからさまで
生徒同士でも話すらしい。

高校受験の時
娘は某大手塾に通っていた。
そこでは
塾講師「学校で授業中、一番重要なことは何?」
生徒「授業をきちんと聴くことですか」
塾講師「違うよ、先生に気に入られることだろ、内申を取れ、一点でも多く!」
と言われていたらしい。

まだ中学生だから、立場が上の人から
そのように言われたら
そういうものだと思ってしまう。

ここで文句を言いたいのではなく
ひとりの人間がシステムを変えるのは
とてつもなく時間と労力がかかるのを考えると
ひとりができることは
自分の考えを
心にきちんと明確にした上で
先生の意向を組み入れるというステップを
忘れずに行うことなのではないかと思う

自分が本当に望んでいるものが
わからないまま
社会のシステムに流されて生きている人が
本当に多い

いつも人の意向ばかり汲んで動いていたら
いざというとき
自分の望むことが
わからない人間になってしまう

それでいて潜在的には自分の人生を生きていないことが
わかっているので
欲求不満に陥っている

それを社会や周りの人間のせいにし
責任のがれをする

人の期待に応える人生か
自分の望みに応える人生か

それはいつか考えればいいや、というものではなく
一度ちゃんと時間をとって
すぐにでもはっきりさせておいた方がいいこと

自分の人生を
ちゃんと選択することで
人のせいにすることも
なくなってくる

自分の人生を
自分の責任で
自分の足で
歩むようになると

本当に世の中の見え方が変わってきて
地に足のついた生き方をし始めるんだと思う

ではね!



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