三つ子の魂、いくつまで? 1

日々のこと

先日、近所のスタバでお茶をしていました。
そのスタバはカウンター席の目の前がガラス張りで
その先がテラス席になっています。

カウンター席に坐って外を眺めていると
ガラスの壁を隔てた目の前のテラス席に
一歳くらいの子どもを連れた
若い夫婦がやってきました

ご夫婦は疲れたからか混んでいるからか
何となくイライラしています

旦那さまはドカッと椅子に坐り込み
スマホを見始めました
奥さまのほうは
ベビーカーから子どもを抱き上げ
旦那さまに文句のようなことを言っています
旦那さまは面倒くさそうに
スマホに視線を向けたまま
奥さまの話を聞いていました
そこで奥さまが子どもを旦那さまに
預けようとしました
旦那さまが、仕方なさそうな顔で抱こうとすると
子どもは、あからさまに嫌な顔をし
泣き始めました
子どもは母親を見つめ
悲痛な形相で母に手を伸ばします
それでも、母である奥さまは
お子さんを夫に託し、
ムッとした顔のまま、
飲み物を買いに行ってしまいました
子どもの泣きが号泣に変わります
ガラス越しでも声が聞えるほどでした
母親の姿を追って号泣する子ども
あやすでもなく疲れた表情の父親 —。

休日の昼下がり
買い物帰りで歩き疲れた家族の
ありそうな一風景です

この光景を見ていて
人間はこういうことで
プログラムを作ってしまうんではないかと
思いました

子どもは
まるで母親から捨てられたかのように
泣いていました

「三つ子の魂百まで」と言います

一説によると
人間は1~3歳の間に
人格形成の6割を終了し
7歳までに8割が完成してしまうとも言われています

言葉はまだわからなくても
感覚や六感で
確実に記憶していくのだそうです

子どもにとって
この出来事は
「自分を庇護してくれる第一優先者の
母親がムッとした顔で自分を置いていった」
というこの世の終わりのような
出来事かもしれません
こういうことが何回か繰り返されると
「母親は自分のことが好きではない」
「父と母は仲が悪い」
など
いろいろなプログラムを作る
可能性があります
しかし
母親は決してお子さんのことが
嫌いなわけではないのです(と思います)

人は疲れていたり
暑かったり
夫が自分の思い通りにしてくれなかったり
様々な外的な誘因で
自分の態度をコロコロと変えてしまいます
気分のいい時は
子どもを愛おしく抱きしめるのに
気分が悪いと
存在すら疎ましく思う

人は様々な面を持っているのです

子どもは善悪の判断がないので
そのすべてを
そのまま脳内に入力していきます

そして大人になって
自分も親と同じような営みを繰り返し
なぜこんなに苦しいのだろうといぶかしがる――。

そんなことを繰り返さないために
まずは
大昔に作ったプログラムを
そのまま使っていることに
気づくことが大切なのではないでしょうか

気づかなければ
書き換えることはできないのです

そして書き換えは
自分しかできません

(「スタバでの気づき 2」に続きます)

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