慈愛の心を持つにはまず「自分を愛する」が大切な理由

意識・無意識・プログラム

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

コーチングセッションをしていると
幼い頃に
親や周囲から
「何やってるの」
「だめねえ」
と言われたことを
拡大解釈(一般化)して
後生大事に信念として
持っている方がいます。

人間は
言われたことを
拡大解釈する
という性質があります。

例えば
子供は落ち着きがない

犬は噛み付く

など

A=B

という考えを
そのまま
全てに適用してしまうのです。


全ての子供は落ち着きがなく
全ての犬が噛み付くのかといえば

冷静に考えれば
そうでないことは
わかりますよね。

ですが
無意識に一般化(一般論としてとらえる)
してしまうのです。


頭の記憶にないような幼い頃に
このような自己否定感
無価値感
罪悪感を勝手に持ってしまい

大人になった今でも
「自分はだめなんだ」
「なんにもできない」
と思い込んでいる方は
意外と多いと感じています。

この思い込みがベースにあると
何をやっても
うまくいきそうになると
途中で嫌になったり
障害が起きて諦めたりを
繰り返してしまいます。

無意識の自分が
ダメで何もできない状態を
維持しようとするのです。

人間は一旦思い込み
頭の中で繰り返すことにより
強固なパターンが出来上がります。

パターン化したものは
無意識層に送り込まれ
何も考えなくても
自動的にできるようになります。

一旦できたパターンは
無意識ですので
それを覆すような出来事や
新たなパターンができない限り
一生繰り返し続けるものなのです。

そのパターンを書き換えるには
まずそういう思い込みがあることを
顕在意識層に
浮上させる必要があります。

無意識にしていることは
変更することはできないからです。

ですが

「分かった! 
あの出来事が原因で
自分は自己否定をするようになったんだ!」
というような

ハッキリとした「原因」が
見つられけられれば
取り組みやすいのですが

特にこれといった理由も分からず、
ただ漠然とした自己否定感(不快感)が
何となくずっと残っているということが
多いものなんです。

これはなかなか
書き換えにくいのです。

そして、今も常に
「自分はダメなんだ」が残っている場合、
現実面でも自分がダメだと思わされるような出来事に
出会ってしまいがちです。

そうなった時、自分の不甲斐なさを
モノゴトや誰かのせいにして、
責任転嫁することがあります。

対象を責めることで
自尊心を守ろうとするのです。

ですが、このやり方で
自分を守っているうちは
根本解決にはならないのです。

だからといって
自分を責めたら
ますます自己肯定感が
下がってしまいます。

自己肯定感を上げるには
まず「自分を愛する」から
始めることが
大切なのです。

「自愛」の念が湧いて初めて
「慈愛」の念が湧くからです。

「慈愛」の念が湧けば
勝手に自己否定感
無価値感
罪悪感といった感覚は
消えていきます。

これは
外の誰かに
できることではないのです。


食事は自分で食べないと、お腹はふくれません。

愛も自分で補給しないと、満たされないのです。


どちらも自分にしか
出来ないことなんです。

クライアントさんには
コーチの私には
その方法をお伝えすることしか出来ない
と言っています。

ここが頑張りどころ
だといつも感じます。

愛とは生きるための必須エネルギーなんです。

私はこれが無いと
生きる気力が出てこないものだと
感じています。

これが少ないから
何をするのにも面倒くさく感じてしまうし
結局、何も行動せず何を変わらないままなのだと
思うのです。

まずは
毎日頑張っている
身体に意識を向けてあげる


自分を否定する言葉に
気をつけてみる


これだけでも
小さな変化が起きてくるはずです。


そして
その小さな変化は
世の中の大きな変化につながっていくんだと
思うのです。




ではね!

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