動けないことからの一考察

意識・無意識・プログラム

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

昨日のブログ
足を骨折したと
話したのですが

足が動かせないって
本当に不自由で
不便なんですね。

動く気にならないし
モチベーションまで
上がってきません。

「今後気をつけよう」
と人には言ったりするのですが

コケた時のことを
思い出しても
気をつけようがなかったな、
と思うんですね。

もう、コケるしかなかった

そんな気がします。

つまり
(顕在)意識では
どうしようもなくて
無意識(潜在意識)が
そうさせたとしか
思えないんです。

潜在意識にインプットされる情報は
繰り返されたものや
インパクトのあることを
重要だと判断し
パターン化していきます。

そういえば
数年前に
肋骨を骨折したことがあったのですが

誰かに
「小さな怪我をすることで
大きな怪我にならないように
邪気(?)を払っているんだ」
と言われたんですね。

そのときは
この言葉に救われたんですが
よく考えてみると
それ以来
このような怪我を
ちょくちょくしている気がします。


そんなことを考えていたら
潜在意識の大きさと
機械的な感じに
脅威を感じてきました。

顕在意識と潜在意識の
割合は
1:100とも10000とも
言われていて
本当に別次元です。

無意識に考え
潜在意識にインプットしてしまう
怖さをあらためて感じたのですが

なかなか
それを止めるって
難しい気がするんです。


ですが
意識の方が
上位概念なので
変えられる、という人もいますが


今日、いつもの
サンクスギビングワークショップで
ここまでの話をしたら
「上位下位と考えている時点で
対立関係だし、潜在意識を否定している感じがするので
それでは変わらないのでは」
と言われました。

そうですよね。

変えようとすると
バトルになります。

バトルをしている限り
同じものの表と裏のような
ものです。

否定によって
変えられるものはないのです。

これは
人にアドバイスするときにも
同じことが言えますよね。

変えようとすると
嫌がるのは
根底が潜在意識と繋がっていて
そこが抵抗するからです。

人は変わりたいけど
変わりたくない

それは
潜在意識の大きな価値です。

変えるためには
バトルをするのではなく
お互いの価値を認めていくと
自然に着地点が
見つかるのではないでしょうか。

ですが
根底に
「変えるため」が潜んでいると
変わらないという
入れ子が生じます。

本当に心から
お互いの価値を
認め合う姿勢が大切な気がします。


というわけで
この動けない状態という価値を
享受して
日々過ごそうと
思ったのでした。



最後までお読みくださり
ありがとうございます。

素敵な1日を
お過ごしくださいね。

ではでは












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