自分の性格で
変えたいなと思っているところが
いくつかあるのですが
一番変えたいと思っているところを
先日指摘されて
久々に落ち込みました。
それが
「話を笑いに持っていく」ところなんです。
意識していないと
ちょっとおどけたり
ふざけたり
話を面白おかしく言ってしまいます。
そんな私の態度や
話が脱線していってしまうことに
気分を害する人がいるのは
わかっているのですが
やめられません。
遡ってみると
5歳くらいから
面白く話すことに
必死になっていた気がします。
ちょうど妹が生まれて
大人の目が
自分に向かなくなったのを感じ
面白く話すと
周りが注目してくれたという
経験があったからだと思います。
それをなんども繰り返しているうちに
パターン化し、
(無意識に繰り返すうちにできたパターンを
プログラムと呼んでいます)
今では性格になっている気がします。
ですが冷静に考えると
今となっては
面白く話すことに
何のメリットがあるのか
まったく理解ができません。
むしろ落ち着いて
人の話に耳を傾けることができ
「一緒にいるだけで
周りを安心させられるような」
人格に憧れます。
とはいえ
性格の一つの特徴にまでなっている
このキャラクターを否定していては
無駄に落ち込むだけで
その事実(性格)が繰り返されるだけだと
思いなおしました。
プログラムは
周囲に認められてつくったものです。
以前のブログで
『スマホ脳』という本の引用をして
「認められることは
かつて非常に重要だった」という話をしました。
人間の祖先の生きた世界は
認められることが
とても重要だったのだそうです。
「認められない=使えない」人は
定期的に口減らしとして
殺されてしまったからです。
それがDNAに深く刻まれ
口減らしをされない現代でも
認められることは
重要だと自動的に感じてしまうのです。
まずは
このキャラクターが
祖先からの引継ぎで
今の時代には合っていないことを
自覚してもらわなければなりません。
現代社会で
人から認められないと
殺されるということは
あり得ませんし、
そこにこだわりすぎるのは
嫌われる要素にもなります。
かといっていきなり
そのキャラの存在を否定するのではなく
今の時代に
どのように生かしていくかを
考えるのです。
そうしないと
そのキャラクターは反乱を起こします。
まずは協力体制が必要です。
(文字通り、内的対話をしてみると
効果的だと感じました)
そのキャラクターの
良い面が出れば
たとえ話を
人にわかりやすく
伝えるのが上手な
まわりを明るくするキャラクターです。
まさに
「一緒にいるだけで
周りを安心させられるような」
人格でもあるのです。
今まで
そんな側面を
無視して
否定的に
扱ってきたことを
懺悔したくもなってきます。
そう考えると
自然と心が温かくなって
変なエネルギーの消耗が
減っていくような気がしました。
自分の人格を俯瞰してみて
見えなかった部分に光を当ててあげると
どれも自分の
大切なリソースなのだと実感するのです。
ではね!
コメント