否定の世界からの脱出法

日々のこと

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

最近娘が
自分に自信がないと言って
事あるごとに落ち込んでいます。

恋愛や
大学のゼミの試験や
アルバイトや
なんやらかんやら
それぞれに
いろいろあって

負の連鎖が起きているようなんです。

自分で自分を
否定しては
苦しんでいるように見えます。

親としては
なんとか娘を励まそうと
「今は我慢の時だから」とか
「大丈夫、いつか上がるから」
という声かけをしちゃうんですが
これって
今と未来を比較して
今の娘を否定しているが故の発言だと
気がついたんですね。

落ち込んでいる人を見ると
なんとか元気になってほしい、って
ついつい
頑張れ的な発言をしてしまうことって
あるんですが

沈んでいる人を
周りがどんなに引っ張り上げようとしても
自分で浮上しようとしない限り
上がってはこれないですよね。

頑張れっていうこと自体が
プレッシャーにも
なってしまいます。

落ち込むことは良くなくて
元気なことがいいことだという
メッセージにも
なってしまいます。

そんなことを考えていると、次第に
「今を否定することは良くないと考えるのは
良くない」
という否定の連鎖にも
ハマってしまいます。


否定的感情って
人類の共有意識の中に
デフォルトであるんですよね。

一見
否定するなんて思考が
なければ楽なのに
と考えがちですが

サンクスギビングワークで
否定の価値を
探ってみると
とてつもなくたくさんあることに
気がついたんですね。

否定って

更に高いところに上がっていくために
否定することはバネになります。

より良い環境に移行できる可能性も得られるし
バラエティ豊かな経験もできます。

また思考を
より精度高く
骨格のしっかりしたものに
昇華させることもできます。

これはヘーゲル弁証法
というちゃんとした
方法論があるらしいです。

<ヘーゲル弁証法>

花が咲けば蕾が消えるから,蕾は花によって否定されたと言うこともできよう。同様に、果実により、花は植物のあり方としてはいまだ偽であったことが宣告され、植物の真理として花にかわって果実が現われる。植物のこれらの諸形態は、それぞれ異なっているばかりでなく、たがいに両立しないものとして排斥しあっている。しかし同時に、その流動的な本性によって、諸形態は有機的統一の諸契機となっており、この統一においては、それらはたがいに争いあわないばかりでなく、どの一つも他と同じく必然的である。そして同じく必然的であるというこのことが、全体としての生命を成り立たせているのである。

Hitopedia[ヒトペディア]より

これを人同士の意見交換で考えると

(1)ひとつの意見がある。
(2)その反対意見が出て、対立する。どちらが正しいか迷う。
(3)対立する意見を統合して、第三の、より優れた意見になる。

「(1)→(2)→(3)」と進展していく、その各段階で出される意見を「正・反・合」「テーゼ・アンチテーゼ・ジンテーゼ」と言うそうです。

ヘーゲル弁証法の特徴は、
正から反対が生ずるところにあるが、
なぜ正から反が生ずるのか、を考えます。

話の中、それ自体に、
自らを否定するものを含んでるということを
尊重していきます。

ひとつの思想は、
必ずその反対の思想を生まなければならない、
対立する思想を生み出してしまうものであると。

この否定は完全なる廃棄というわけではなく
否定はまた、より高いものを生むものであって、
大いなる肯定を含んでいる。

そしてその合に対しても次なる反を生む
ということを
受け入れていく考え方なんですね。



否定と肯定があるから
物事が前に進んでいくということを
知っておくか
知らないでいるかで

沈んでいるとき(否定を否定している)の
意識は大きく変わると思うのです。


人間って展望が見えないとき、
先が見えないときに、
「もう限界だ」と思いがちです。

不安で押しつぶされそうになったり
諦めたりしてしまいます。

ですが
否定の価値をしっかり感じ

今を受け入れていくと
「もう限界だ」と思っていたのは
その世界での限界で

その先には、
必ず新しい別の世界があることが
確信できるようになると思うのです。

今、この、どうしようもない「ここ」からでは
見えない世界が
必ずあるーー。

新しい発想は、
今の延長上ではなく、
まったく新しくて予想外の新展望の上で
生まれてくるのではないでしょうか。

でもそれは
「今を否定することを否定するループ」の中では
見えてこない何かだと思うのです。

だから今は、全力で、行けるところまで行くしかない。

落ち込むなら
とことん落ち込む


沈んでいるとき
そのような意識でいられたら

今までの思考では
思いつかなかった
世界を体験できるのかもしれません。

もちろん
新しい世界も
今の世界も
価値があるので
行っても行かなくてもいい
ということは
忘れずにいたいです。


そんな意識で
娘のことを見守りたいと
思ったのでした。



最後までお読みくださり
ありがとうございます。

今日も素敵な1日を
お過ごしくださいね。

ではでは!



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