あるがままの世界で生きる

悟りとか目覚めとか

よくこの世の中は
二元論でできている。

と言われます。

【二元論】
 異なった二つの原理で、あらゆるものを説明しようとする考え方。
 哲学で、世界を相対立する二つの原理によって説明しようとする立場。精神と物質との二実体を認めたデカルトの物心二元論など。→一元論 →多元論
 宗教で、世界を光と闇(やみ)、善と悪など、相対立する二つの原理の闘争として説明する立場
(デジタル大辞泉より)


例えば
物事には
必ず影ができます。

影がなかったら
光もないわけです。

なぜなら
この世に光だけだとしたら
光だという認識もできないからです。

逆に
光がなかったら
影もできません。

このように
どの事象も
反対側の局面がなかったら
存在し得なくなる、という考え方です。


対なるものがなかったら
自分がなんだかわからなくなります。

世の中に
自分だけだったら

若いとか老いているとか
暗いとか明るいとか
有名だとか無名だとか

そんなことに意味がなくなります。

なぜなら、
自分というものは
他者がいて違いが認識できるのであって
他者がいなければ
どんな人でもないからです。

これをつき詰めて考えていくと
「宇宙には創造主がいて
自分が何ものかを知りたくて
あらゆるものを作り出した」
という言葉の意味が
なんとなく納得できます。

ですが
そうやって考えてみると
地球上のあらゆる場所が
平和で満たされることはあるのだろうか
と考えてしまいます。

平和があれば
必ずその反対側の世界も
存在してしまうからです。

「平和な世界を実現する」
の本当の意味は
この世界を否定するのではなく

否定をやめた先に残る
あるがままの自分、
あるがままの世界の存在に気づき
本物の世界
本物の自分を
生きるということなのかな、
と思ったのでした。

そのとき
人は
二元論を超えた世界で
自分の世界をクリエイトしていくのでは
ないでしょうか。

ではね!




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