あり方を見直す

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みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

最近よくチェックしている
ツイッターさんがいます。

地球活動家の篠田幸二さんという方なんですが

街のゴミ拾いを個人的にされていて
その時の気づきを呟かれています。

短い文章なんですが
これが結構沁みるんです。


なんか心に染みる😅

Doing(すること)で
Being(あること)は変えられない。

本当にその通り。

私もいつも思うところです。
できるのは観察のみなんですよね。

受け入れるもDoing(すること)なので
結局は分離を生むしかない

でもすることの積み重ねで
Beingになっていくもので

でもBeingになっていくというのも
Doingであるという矛盾を孕むんです。


自分で決めてそれをしているかどうかが
大切だということを

ゴミを拾うという行為(Doing)で
体現しているというか
なんというか
そんな感じがする方です。


自分に責任を持って
行動し続けて
それが当たり前になった時
「受け入れる」という行動が
Beingそのものであると気づくのかもしれません。
気づかないのかもしれませんが。

「そうしたら教会なんか行く必要はない
寺院なんかに行く必要はない
どんな神様の前にひざまずいて祈る必要もない

あなたの生が丸ごと
あなたの生き方そのものが、祈りなのだ

あなたの触れるものはことごとく神聖になる
私がいうのは「ことごとく」だよ

無条件にーー
愛は全てを神聖にする

こころづかいのなさは
すべてを醜くする」

この言葉が心に沁みます。

ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・

ところで
篠田さんがリツイートしていた投稿で
衝撃的なものがありました。

これ、結構衝撃で
ついコストパフォーマンスがいいからと
部屋の電球をLEDに変えたばかりなんですが
確かに何か強すぎる気がしていました。

テーブル下だけは
白熱球に戻そうかなと
思いました。

便利ってなんなんでしょうねえ。

何かする(Doing)時はそこに愛はあるのか
考えるようにしようと
思ったのでした。

最後までお読みくださり
ありがとうございます。

今日も素敵な1日を
お過ごしくださいね。

ではでは!


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