ウレタンマスクを大人買いしたあの頃

日々のこと

日差しにはずいぶん春の気配を感じますが
まだまだ空気は冷たいですね。

最近「ウレタンマスク警察」というのが
巷に流行って(?)いると聞きました。

ウレタンマスクは呼吸もしやすく
洗濯も簡単なのでよく使っていました。
今でも家に山盛りの未開封ウレタンマスクがあります。

ですが、このことを知って
使う勇気がなくなりました。

なぜ、「○○警察」という
人を裁くような動きが出てくるのでしょうか。

裁きの奥には恐怖感情があります。

そして感情の奥には、必ず何らかの価値観があります。

こうしてはいけない、ああしてはいけない、
こうすべき、ああすべきという価値観です。

これは、誰しもが持っているものなので、
その価値観自体が悪いわけではありません。

ただ、その価値観に過剰に囚われてしまうと、
その物差しで他人を裁くようになってしまいます。
社会というのは、その社会の法律や道徳で、
一定の価値観を提示しますよね。

それは、社会を安定させるために必要なものだと思います。

ウレタン警察は、社会通念に
自分の価値観を乗せて他者を裁くわけですが、
そこには恐怖という感情があるのです。
感染への恐怖や、マナーを守らない人への恐怖です。

その恐怖という感情は、特定の価値観を信じたことから生じます。

ですから、その価値観の是非を問い直す必要があるのですが、
たとえその価値観が正しかったとしても、
解釈を間違えていたり、
過剰にコミットメントしていたりすると、
そこにも様々な問題が生じます。

それは、現実を客観的に見るとか、
地に足をつけて適切な対策をするとか、
そういった明晰な自分が出てくることへの
心理的な抵抗が関わっている気がします。

人は本当に変わりたくないんです。

そのことに気づき
自分がどういう価値観を信じて、
そこに強く影響を受けているのかを自覚すると
枠組みが壊れる瞬間があります。

その時
ただ「自粛して」、ただ「場をわきまえられる自分」
がいるのです。

そんなことに気づいたら
恐怖からウレタンマスクを使うのを控えるのではなく
ただ状況に応じて使い分けようという気持ちになったのでした。


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