心を満たすシンプルな方法

日々のこと

よく疑問に思うのだけど
閉店間際のデパートで
どう考えても日持ちしなさそうなお惣菜が
ショーケースにたくさん盛られている。
あれはどういうことだろう。

「捨てちゃうんだろうか」
「とてももったいない」
と思う。
かと言って
安くしたら値崩れするし、
どこかで寄付すれば、それに文句を言う人もいる。

世界には貧困で苦しんでいる人もいるのに
一方で過食で苦しむ人もいる。
どちらがいい悪いではなく
どちらも欠乏感という意味では
同じではないかと思う。

今、世界は
食料やモノで溢れている

それにも関わらず
人の心は
十分に満たされているように思えないのは
なぜなのだろう。

それは外の何かに
心の焦点を合わせてしまっているからじゃないかと思う。

キラキラしている誰かのFacebookのコメントに
意識を取られたり
願望実現とか
目標達成とかいう言葉に翻弄されて
今の自分をきちんと見れなくなっている人が
多すぎる。

「こんな自分はまだまだです」
「やってもやってもまだ足りない」
という完璧な何かに
絶対的な基準をおいて
自分をはかりにかけて
自己否定を繰り返す。

外に答えを求めて
外の何かと自分を比べたり
外に意識を向け続けたりを繰り返す限り
心が満たされることはない。

どんなにたくさんのお金を手にしても
人が羨むほどの物に囲まれても

欠乏感が土台である限り
満たされることはない。

人が本質的に求めているものは
お金やものではなく

それらを持っている
自分のイケてる姿なのだと
ある人が言っていた。

生き生きしている自分
健康な自分
セレブな自分
幸せな自分

人からそう思われている自分を
確認することで
自分の存在を貴重なもの
確かなものにしたいという願望は

本当は満たされていない自分を隠して
フリをする自分との
葛藤を生むことになる

自分はわかっているから
ごまかせない

これでは満たされないと。

「自分はごまかせない」
は実はパワーワード

自分に正直になったとき
初めて現実が動き出す

あなたの心を満たすものは何か

深く深く内観する時間を
一度取ってみるとわかることがある

これ、最初は愛とか安心とか
綺麗ごとが出てくる
そのあと
やっぱりお金とか若さとか
そんなものが出てくる(順不同)
それから
今足元のたんぽぽだよね
みたいなものも出てくる
それからそれから
もっともっと
その先にある
思考を超えた先に
パッと閃くものがある

それを言語化する訓練をしていくと
本当の答えが見えてくるはず

そしてそれを大切にした生き方を
始めたとき
人は心から満たされるんだと思う。

ではね!

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Springs of Words 真辺詞緒梨(まなべしおり)

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