考えても仕方ないと気づいたら、、

サンクスギビングワーク

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。



今朝のワークショップで
「考えたくないのに考えてしまう」価値について
調べてみました。

「不安なことを考えないようにしよう」

「もう過ぎてしまったことなんだから、気にしないようにしよう」

って思ってもふと気がついたら
またそのことを考えてしまうことってありますよね。

こういうときに「考えない方法」を求めて
ネットで調べてもたいしたことは出てきません。

「嫌なことを考えないようしよう」
「食べもののことは忘れよう」
「失恋した相手のことは忘れてしまおう」
って言ったって
出てくる思考を止めることなんてできないですよね。

抑えれば抑えるほど
抑圧された思考は反動で出てこようとします。

そんな「考えたくないのに考えてしまう」価値を
考えてみました。

まず気がついたのは
こんな思考をなんとかしたい
と考えていることでした。

なんとかしたいということは
対抗しているというか
その存在を否定している感覚があるってことですよね。

否定している限り
存在を忘れることはできません。

それはコインに裏表があって
表だけを手に入れようと思っても
裏を拒否し続ける限り
コインは手にできないのと一緒だと思うのです。

受け入れると
いつのまにか
「気がついたら考えていない」
ステートにいることに気がつくんだと思います。

また
なかなかやめられない考えには
感情が強固に紐づけられていて
その感情が思考させている感じがしました。

脳が先に考えるというより
心臓のあたりにある感情という名の何かが先にあって
脳に考えるように指令を出しているような気がしたのです。

感情が昇華しきれていないから
繰り返しているんですが
これって癖になっているので
そう簡単にやめられるものでは
ないと思うのです。

癖になっているものって
なんらかのメリットがあるものなので

それにこだわることで
どんないいことがあったのか
と考えてみました。

すると
本当は相手に想いを伝えたかった
とか
話し合いたかったとか
心の交流がうまくできなかったことへの
後悔が出てきたんです。

ということは
心の交流の図れるような場が欲しいと思っていることにも気がつきました。


つまり本当の自分にとって
理想的な生活が明確になったんです。

そういう意味では
負の感情って大切ですよね。

そしてそれは
負のものだけでもないわけです。

「嫌なことを考えないようしよう」
「食べもののことは忘れよう」
「失恋した相手のことは忘れてしまおう」

否定していることの中に
大切にしていることがあるのです。

嫌なことを考えていることで
先に進まなくてよかったり
食べ物のことを考えていることで
目先の現実を見なくてよかったり
失恋した相手のことを恨んでいることで
自己正当化ができます。

こう考えていること自体が
なんとかしようとしていますが、、



やっぱり
前提に「考えたくないのに考えてしまう」ことを
なんとかしたいが離れないんですね。

この前提である限り
答えは出てきません。

1+1=3という前提で
証明問題を解いても
出た答えは正解にはならないですからね。



もう仕方ないと諦めることにしました。

そしてまた考えていると気づいたら

いつのまにか
「気がついたら考えていない」
ステートにいる自分を思い出す、で
良しとしようと思ったのでした。

最後までお読みくださり
ありがとうございます。

今日も素敵な1日を
お過ごしくださいね。

ではでは!








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