「同調」と「尊重」を理解する

自分で考える方法

昨日の記事の続き


「同調する」と「尊重する」って
似たような響きですが
全然中身が違うと思うんですね。

それは「同調圧力」という意味を調べると
よく違いがわかります。

同調圧力とは

集団において、少数意見を持つ人に対して、周囲の多くの人と同じように考え行動するよう、暗黙のうちに強制すること。  (コトバンクより)

これ、
「尊重圧力」とは言いませんよね。

尊重は圧力で強制できません。
でも、同調はできるんです。
調子を合わせるのは誰でもできますよね。
ですが尊重(価値あるもの、尊いものとして大切に扱うこと)は
その場でできるものではありません。

例えるなら
同調は対症療法で
尊重は根治療法といえるかもしれません。

どちらがいい悪いではなく
どちらの知識も持った上で
適切に使いこなす判断力と知恵が必要です。

頭が割れそうに痛いのに
「メンタルを鍛えよう」と
精神論を解いたり
ゆっくり効く漢方を飲んでも
そんなことをしているうちに
苦しみが増して余計悪化する恐れがあります。

ですが
毎度毎度その場しのぎをしていると
薬は効かなくなり
どんどん悪化してしまいます。

平常でいられる時から
原因を探り
コツコツと治していかないと
根治治療にはつながらないのです。

体の痛みは
体からのサインで
とても価値のあるものです。
その声に耳を澄ますことは
根治治療にはなくてはならない視点です。


同調圧力に対しても
同じことが言えるのではないでしょうか。
つまり
それは「尊重していない」という
サインだと思うのです。

今までの自分は
「同調圧力に屈しない」
という戦いの姿勢で臨んでいました。

つまり
尊重はしていなかったわけです。

人は「自分が良い」と思ったものを
「正しい」と思ってしまい
「良くない」と思うものを
「悪い・間違い」と思ってしまいがちです。

かつて同調圧力を感じるとき
自分はそれを良くないと
思っていました。

「場を収めるため」
「相手から気に入られるため」
「仲間にいれてもらうため」などなどから
その場しのぎに調子を合わせてきたわけです。

相手に対して
尊重など
かけらもしてきませんでした。

でもそれは
ただの個人的な見解であって
相手には相手の見解があるのです。

自分が好きでなくても
良いと思えなくても
それを否定するような狭量な心でなく
価値を認める寛容さで
相手を大切にする姿勢が
「尊重」なのではないか思うのです。

そんな気持ちでこちらが臨めば
「同調圧力」という場に
出くわすことがなくなる
または
そこに意識がフォーカスしなくなり
気がつかなくなるのではないでしょうか。

まるで霧散する感じです。

そう思うと
いろいろな出来事が
楽しみに感じてくるのです。

ではね!







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