すべてのことに価値をみいだす価値について1

サンクスギビングワーク

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

毎朝行っているサンクスギビングワーク
というワークショップですが
毎回ひとつのお題を決めて

その言葉について調べ
そのあとで
4つの質問
1)もし、それが無かったとしたら、みんなが、どのように困るのか?
2)逆に、それがあるだけで、実はみんなにとって、どのように役立っているのか?
3)それが無ければ今まで与えてもらっていた価値を、みんなが自分で全部どのように
  満たしていけば良いのか?
4)改めてイメージしてみると、それがそこに存在できているのは、その周りの誰が
 (あるいは、何が)支えてくれているお陰なのか?

に沿って
あれこれとメンバーで話していくワークショップなんですね。

だいたい1時間半から2時間
多少脱線したり
雑談したりしながら
(ルールはどの意見も、脱線も雑談も否定しないってこと)
楽しくそのお題に集中して取り組むんですが

例えば少し否定的に捉えていた言葉でも
終わったころには
いい面もあるものだと
ニュートラルに捉えられるようになっているんです。

もう、2年近くやっているのですが
最近自分自身のものの見方が
根本から変わったような氣がします。

それまでは
感情的になっている時は
物事に対して
批判一辺倒だったんですが
サンクスギビングワークをやることで
「それにも価値がある」と
自然に思えるようになりました。

「それにも価値がある」と思っている時に
否定的な感情って持ち続けにくいんです。

そうこうしているうちに
否定的な感情がどこかに行ってしまう
ということが度々ありました。

抑えて否定的なことを考えないようにすることと
否定的なことも理解した上で自然と考えなくなることでは
根本的な質が違う気がします。

で、このサンクスギビングワークですが


お題がどんな簡単な言葉になっても
まず最初に言葉の意味を調べます。

調べてみると
意味自体を間違って解釈していたり
良い言葉として使われている漢字が
実はあまり良い語源ではなかったり
ってことが結構あるんですね。

特に意外だったのが
「気」「魅」「幸」でしょうか。

まず「気」

ちょっと長いのですが
自然栽培米専門店「ナチュラルスタイル」さんのHPから引用させていただきます。

日本には「気」という言葉がよく使用されています。

天気、空気、元気、気合、気持ち、陽気、陰気、気まぐれ、気品とたくさんあります。

言霊を調べている方がおり、その方曰く
「き」という言葉には
「エネルギー」という意味があると言います。

これほど日本語に「気」という文字が入るのは、
日本の先人たちは、
目に見えないエネルギーを大事にしていたのではないでしょうか?

私は、1970年代生まれですが、
学校では「気」という漢字を習いました。

しかし、1945年日本が敗戦する前までは
「氣」という漢字を使用していたようです。

終戦後に
「氣」を旧字体とし「気」に変換されたようです。

<目次> [非表示]

1 「氣」と「気」の違いとは
2 「氣」に「米」が入っている理由とは
3 まとめ
「氣」と「気」の違いとは
2つの漢字「氣」と「気」の違いを見て
何か感じることがありますでしょうか?

約1300年前に書かれた万葉集において、
日本は「言霊の幸(さき)はふ国」と表現しているように
言葉には何かしらのエネルギーを感じていたのだと思います。

「き」の言霊は”エネルギー”を意味し
先人たちが、「氣」という文字を
数々の日本語に取り込みました。

しかし、1945年に敗戦後
「氣」は「気」へと変えられました。

そこには、大きな意味が含まれているのではないでしょうか?

「気」という感じは
「气(きがまえ)」に「メ」と書きます。
「メ」という文字には「〆る(しめる)」という意味があり
つまり
「気」は、エネルギーを外に「出さない」ようにするための文字です

では、
「氣」を見てみると
「气(きがまえ)」に「米」と書きます。
「米」は「八方に広がる」という意味を持ちます。
つまり
「氣」は、エネルギーが「八方に広がる」という文字です。

日本の先人たちは、自分が持つ「氣」は、
自分より八方に広がるという事を感じていたのではないでしょうか?

「氣」に「米」が入っている理由とは
私達の米食文化は、
約3500年と言われています。
(もっと長いと言われている説もあります)

日本人は、米と共に生きてきた民族です。

「氣」に「米」を入れたのは
先人たちが、
主食のお米に秘められているエネルギーを感じ取っていたからではないでしょうか?

また
お米は稲からできますよね。
「いね」は「命の根(いのちのね)」という語源から
来ているとも言われています。

お米を食べることは
体に「氣」を取り込み、命を養うという意味があったと考えられます。

1945年の終戦後に
「氣」が「気」に変えられました。

それと同時に
日本には小麦が入ってきてパン食やパスタが増えてきました。

日本人の一人当たりのお米の消費量を見てみると

お米の消費量

戦後は、食料不足となりましたが
お米の消費量は
1962年(昭和37年)に一人当たり118.3kg/年(1カ月当たり約10kg消費)をピークとして、
その後、洋食の普及と同時に下降しています。

平成18年では、一人当たり61kg/年の消費となっていますが
平成27年の資料では、一人当たり53kg/年とさらに減少しています。
(資料:公益社団法人 米穀安定供給確保支援機構)

私達日本人は、
これまで他の文化を柔軟に取り入れて融合してきました。

パン食やパスタも良いかと思います。
体が食べたいと思う時は食べても良いと思います。

しかし、それと同時に
本来、私達には約3500年続く米食文化があり
先人はお米から「氣」を養い命を育んできたことも知っておくと良いと思います。

「ナチュラルスタイル」https://oita-shizen-kome.com/reason/index 色の強調は真辺による

戦後漢字を結構変えられてきたようです。

合氣道をやっていたときに
その流派は「気」と「氣」にすごいこだわりを持っていたので
エネルギーという意味で使うときは
氣を使うように意識してきました。

ですがこのこの氣を使うと
こだわりの強い人とか
スピリチュアルに偏った人に思われるような氣がして
だんだん〆の「気」に戻ってきていました。

それに旧漢字を書くのは
ダサいというか古い人
というイメージもありました。
ですが、とんでもないですね。

これから氣をつけようと思います。

確かに「気」はエネルギーを
封じ込めるような印象があります。

でも戦勝国が
漢字を変えてまで
エネルギーを封じ込めようとしたんだと考えると
本当に人間にはすごいパワーが隠されているんではないかと
思うんですよね。

でもでも
この封じ込めるにも
意味があるんだとは思います。

そのことについてと
次の「魅」についてですが

長くなるので
また次回にしたいと思います。

最後までお読みくださり
ありがとうございます。

今日も素敵な1日を
お過ごしくださいね。

ではでは!


ことだまのチカラ 読者登録

ご登録いただけますと、ことだまのチカラの最新情報をメールでお知らせします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました