裏情報から得られることについて考察する

自分で考える方法

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

先日、ある真実系ユーチューバーさんの
音声ファイルを購入したんですね。

それは
ある講演会で録音されたもので
ゲストさんとの
対談形式になっていました。

ゲストさんが
この世の裏情報とされる話を
質疑応答という形でしていました。

ですが
最後まで聞く気になれませんでした。


ゲストさんのキャラクターが嫌だとか
あり得なさすぎて受け入れられない
というわけではなく

むしろ
声は聞き取りやすいし
情報自慢をしているようにも
感じず
印象は良かったのです。

とはいえ
「そんなの調べれば出てくる」
という内容でしたし
「証拠はどこにある? なんで言い切れるの?」
という情報ではありました。

全体的な印象は良いのに
モヤモヤした抵抗感を感じるんです。

最初のうちは
せっかく購入したので
我慢して聞いていました。

ですが
Q & Aが
積み重なっていくうちに
自分の中の
何かが
ぷつんと切れたような
気がしたのです。

「情報を得ても
自分の世界は何も変わらない」

ということが
腑に落ちたのです。

情報はいくらでも
作ることができます。

その根拠や証拠を探して
証明する時間があるならば

情報から距離を置いて
自分の人生を
しっかり築いていくことに
時間を費やした方が
現実的だと思ったのです。

そして外の情報に
自分の現実を生きるための答えはなく

とにかく行動を起こすことだけが
唯一、生きがいを感じられる人生への道
だと思ったのでした。

世の中の裏といわれる情報は
知った時に
脳に刺激がいきます。

「自分だけが知っている」
「今までの疑問が解決した」

という優越感やフィット感は
快感です。

ですが
外の誰かに頼った情報をいくら得ても
目の前の現実は
変わっていかないのです。

行動や実質的な活動の
必要性を痛感しました。

ですが
俯瞰した目線で見るならば
そんなことに
気づかせてくれた
音声ファイルは
貴重なものだったのかもしれません。

ではね!




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