「安易」から考える、この世界を穏やかに過ごす秘訣

サンクスギビングワーク

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

今朝のワークショップ
「安易」の価値について
考えてみました。

安易って
自分は結構マイナスなイメージで
使っていることが多いのですが
使い方によってプラスにもなるようです。

「安易」の意味は、「特に努力しないでも簡単にできること」や「のんきなこと、いい加減なこと」を言い、何かする際に「単純」や「簡単」という意味を持ち合わせる言葉になります。

「いい加減」という意味ですが、これは何もマイナス的な表現ばかりではなく、「適当に簡単」や「適度な加減」について言う際にも使われ、「ちょうどよい調子・具合に仕上がっている」といったプラスのイメージにも認められます。   

 (ライフスタイルマガジンmayonezより:https://mayonez.jp/topic/1031596)

で、漢字の成り立ちも調べてみました。

「家の屋根・家屋の象形」と「両手をしなやかに重ねひざまずく女性の象形」から
家の中で女性が「やすらぐ」となり
「やすらか」を意味する「安」という漢字が成り立ったそうです。

次に「易」

漢字漢和語源辞典より

「とかげ」の象形で、とかげは光線具合で
その色が変化するように見える事から
「かわる」を意味する「易」という漢字が成り立ったそうです。

そこから借りて(同じ読みの部分に当て字として使って)、
「やさしい」の意味も表すようになったとか。

出ました、爬虫類。

言われてみれば
「とかげ」に似ています。

爬虫類って
あまり深く考えていなさそうな
イメージです。。

とやっていると、だんだん
陰謀論系の思考になりそうになりますが

ここはサンクスギビングワークの世界なので
すべてのものごとの価値をみていきます。

安き・易きに流れることって
どんな価値があるか
考えてみました。

「なんとかなる」って楽観的に考えられますよね。
それによって
深く考えずに行動できるので
考えたらできなくなってしまうことに
挑戦できるのではないでしょうか。

また、楽観的に捉えることで
穏やかに過ごせると思います。

ちなみに「易」って
占いでも使いますよね。

気になったので
調べてみました。

古代中国から伝わる易(えき)とは?
易(えき)という占いについて看板などで見かけたことがある人も多いでしょう。しかし易そのものについて詳しく知る人は少ないかもしれません。易とは、古代中国から伝わる儒教の経典「易経」から来ています。易経は森羅万象を捉えたもので、すべての要素を「大極」それから「陰と陽」の二つにわけ、さらに「八卦」という8つの要素に分けます。「八卦」は、相撲の「はっけよい」や「当たるも八卦当たらぬも八卦」という言葉でもおなじみ。占うときには八卦と八卦を組み合わせた「六十四卦」という要素を使うのが一般的です。易占いでは、筮竹(ぜいちく)という竹ひごのような棒を50本使って占います。占い師の小さなテーブルに棒の束が立てて置いてあるものといえば易占いのイメージが湧くのではないでしょうか。

易(えき)のはじまりと歴史
易の歴史はとても古く、古代中国の神話までにさかのぼります。陰と陽、森羅万象を説いた「易経」の著者は伏羲(ふっき)とされています。紀元前3000年以上前の古代中国神話に登場する神様または伝説上の帝王と呼ばれる伏羲が「八掛」を編み出し、さらに六十四掛としました。しかし、占いの歴史として最も古く伝えられているのは、紀元前17~12世紀ごろの殷(いん)の時代に、亀の甲羅を用いてひび割れた形によって占った亀甲占いです。しかし亀甲は入手が難しかったため、紀元前12~8世紀の周の時代では草の茎を使って占う方法が編み出されました。これが易の筮竹(ぜいちく)のルーツとなります。

「marouge」 https://marouge.jp/p/columns/417932316053078843/

森羅万象をとらえた占い
ってことでしょうか。

相撲で使う「はっけよい」って
「八卦良い」=すべての要素が良い
という意味だったんですね。

安い・易いって
「すべての要素をとらえた言葉」
という意味のような気がします。
(ばっくりですが)

念のため? 安易の反対語も調べてみました。

「至難」(この上なく難しいこと)でした。

安易がない世界って
なんでもエベレストに登るかのような
困難が待ち受けていそうです。

で、「安易がなければ今まで与えてもらっていた価値を
どのように満たしていけばいいか」考えてみました。

安易がなくても
安易の最終的な価値
(穏やかに過ごす)
を享受するにはどうしたらいいかを考えます。

で、出てきたのが

「突き詰めて理解した上で避けて選択しない」

ということでした。

安易がない世界ですから
至難ばかりですよね。

その中で穏やかに過ごすには
あえて選択しない
という意思の力が
必要になってくると思うんです。

というわけで
安易がない世界を考えてみましたが
実際安易も至難もありますよね。

そんなこの世界、
いろんな意味で誘惑だらけではありますが

安易に飛びつくことなく
かといって
わざわざ至難を選ばず
よく吟味し、突き詰めたうえで
選ばないことって
穏やかに過ごすかもしれ秘訣かもしれない
と思ったのでした。

最後までお読みくださり
ありがとうございます。

今日も素敵な一日を
お過ごしくださいね。

ではでは!









前回の続きです。

塩は摂ったほうが良いですよ
って話だったんですが

とはいえ
メディアの情報を信じ切って
減塩が大切だと思っている人に

どんなに塩が大切だといっても
右から左な感じで
スルーされて終わります。

むしろ
殺そうとしているんではないか
という目でみられるんです( ´∀` )

そういう方に
無理やり塩分を摂ってもらっても
それは栄養にならないどころか
毒になってしまうんだと思うんですよね。

つまり、物質的にとる食物より
本人の意識のほうが
上位概念にある(優先される)
気がするんです。

減塩している人の意識って
「減塩しなきゃ。でもつい
 塩辛いものを食べてしまう」
と自分を責める

メディアで
「高血圧や血栓に注意」
といっているのを見て
注意すること(高血圧や血栓)に意識が向く。

高血圧になったり、血栓ができたりする。

という意識の使い方をしているように感じます。

これは
塩は大切
と思っている人の意識でも
同じです。

「良い塩が大切。でも外食して
 良くない塩を摂ってしまった」

→自分を責めることに意識が向く




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