地球の寛容さを改めて実感する

サンクスギビングワーク

みなさま こんにちは

いつもお読みくださり
ありがとうございます。

今朝のワークショップ
「ごみ」の価値について
考えてみました。

ごみ(ゴミ、埖、塵、芥)とは、

一般には生活に伴って発生する不要な物。
ものの役に立たず、ないほうが良いもの。
利用価値のない こまごました汚いもの。「ちり」「あくた」「ほこり」
つまらないもの。「ごみ情報」などと使う。
濁水にとけて混じっている泥。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

いつもサンクスギビングワークでは
全ての存在(概念、非物質、感情、価値観、信念含む)に
価値を見出すセンスを磨くことを
目的として取り組んでいるんですが

やはり
マイナスなイメージの言葉から
価値を見出すのって
難しいと感じる時があるんですね。

ごみ拾いを始めるようになって
ごみを出しているのって
地球上で人間だけだなあ、と
改めて思うようになりました。

大量に作って
大量に廃棄するーー。

こんなことをやっていて
良いのだろうかと
問題意識がムクムク湧いて来てしまいます。

やっぱりマイナスイメージを持っちゃうんです。

しかも、ごみはどんどん増えているように感じます。

電化製品は5年で壊れるように
タイマーがかかっているかのようだし
ワンコインで買えるようなものは
使い捨て感覚で使っちゃいます。

何でこんなことになっているのか、
「ごみ」とは何なのか、
ちょっと考えてみました。

「ごみ」って
過去に必要だったもので
現在は不要になったもの
またはその残骸だと思うんですよね。

コンビニで買った菓子パンだって
中身を入れるために
袋は必要で、
食べ終わったら不要になります。

菓子パンも
食べる時は
お腹を満たすために必要で
食べ終わって消化して
不要な部分は排泄されるわけです。

ごみ拾いをして
一番出てくる煙草の吸い殻だって
吸うときに
フィルター部分がなかったら
うまく吸えないわけで、
吸い終わったから不要になるものですよね。

そうやって考えると
「ごみ」って変幻自在なんです。

でも「ごみ」が変化してるんじゃなくて
どうにでも捉えられるということを
実現してくれている存在だと思うんです。

人間って「ごみ」になることを認識しつつ
利潤追求のためにどんどん新しいものを作っていく人もいれば、
それを認識しつつ使う人、
認識せずに使う人、
使わないようにする人
使い続ける人もいます。

「ごみ」っていろいろなことを
私たちに教えてくれる存在だと思うんです。

「ごみ」を見たらその人の生活が見えてきます。

生活の癖、捉え方の癖、
どういうものに価値を置いて、価値を置かないのかーー。

ライフスタイルを表してくれているような存在が「ごみ」なんですよね。

そう考えると
「ごみ」って人間の生きた名残なのかもしれません。

地球上で
唯一ゴミを出す存在である人間ーー。

もしかして地球は
それを人間の特徴として
認識してくれているかもしれません。

プラスチックごみだって
産業廃棄物だって
何億年か先の未来では
地球によって自然に還されているものだと思うのです。

そう考えると
地球の寛容さに
改めて感謝しかないし

そんな愚かな振る舞いを実践できる場を
与えてくれていることに
敬服しかないと思うんです。

人間の意識も人間次第。

いろんな生き方ができるんだから
もっと地球にとって良いことを
還元できるような生き方をしたいなと
改めて思ったのでした。

最後まで
お読みくださり
ありがとうございます。

今日も素敵な1日を
お過ごしくださいね。

ではでは!





地球って寛容だなあ、ってことに気づけたこと。

人類がどういうゴミを出しているのかの指標になる。
場を与えてくれていることに敬服する。

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