選挙を通して「足るを知る」の大切さを考える

情報過多な世の中で

選挙が終わりましたね。



小学生の頃
公民の授業とかで
民主主義とか
比例代表制とか
普通選挙とか
いろいろ学び
当時は何も疑問に思っていませんでしたが

今考えると
選挙制度って
不思議なことばかりです。


「民主主義」を調べてみたら
こんなふうに書いてありました。

民主主義とは、国民政治主権委ねる国家体制のことである。簡単に説明すると、国民が国の重要な決定権を持つ考え方である。英語では democracy と表現し、日本大正時代に広がった民主主義化の流れを「大正デモクラシー」と呼ぶ。

民主主義の基本多数決である。選挙国会での決議など、民主主義化における重要とされる意思決定多数決によって行われてきた。それゆえ議論速やかに終わるのは民主主義の特徴である。一方で民主主家国家では少数派意見黙殺されやすい問題見受けられる

(実用日本語表現辞典より)

つまり
多数決で51対49であっても
51の意見が採用され
49の意見は切り捨てられるわけです。
(一般論です。日本の選挙制度とは異なります)

そして
多数決で多数を取った方の意見が
正しいとされてしまいがちです。

でも少数派の意見の中に
本当に大切な意見が含まれていることは
多いものです。

また
自分が応援したいな
と思う人は
自分の住んでいる選挙区の人ではない場合
その人に一票を投じることもできません。

自分の選挙区内に
応援したい人がいなくても
その中から
選ばなければいけない
というのも
おかしい気がします。

仕方がないから
その中からマシな人を選ぼうと
選挙に行って投票することで
「この制度を受け入れています」
と表明しているようなことに
なってしまいます。


そもそも
選挙という制度が
投票して
代表を決める
って
とても上からで依存的な制度だと
思うのです。


「投票した誰かに
世の中を変えてもらいたい」


という他力本願的なものを感じるのです。


選挙という制度が成立するのは
そこに
「不満」
があるからだと思うんです。


不満があるから
制度を変えたい
世の中を変えたい
と考えるわけです。


それぞれが
やりたいことをやり
何に対しても不満がないのであれば
そもそも選挙なんて
する必要がないのです。


世の中全体が
その世界線に行くのは
まだまだ先な気がしますが
まずは自分が
その世界線を進む
第一歩を歩かなければ
何も変わらないと思うんです。


世の中が
どんなに騒がしくても

足もとに目を向けて
「足るを知る」
の精神で行動することが
第一歩だと思います。

自分の中を満たしていく。
満たされていることに気がつくこと。

そのためには
自分自身で考えて行動していくこと。
依存しているとどうしても
不満が出てきます。
そのことに気づくこと。

そんな一歩一歩の行動が
連鎖していくことで
何かが変わっていくのだと思うのです。






ではね🤗🤗🤗!




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