生命の価値

悟りとか目覚めとか

この自粛生活で
オンラインでの会話が断然増えました。

考えてみれば
家族や親戚以外との
リアルなランチ会を
今年に入ってから
一度もしていません。

オンラインでは話しているのですが
リアルでの繋がりとは
確実に違います。

関係が希薄になっているのを
肌で感じます。

相手に何かあったとしても
どこか別の世界の出来事のように思えて
実感が湧かないのです。

身近な人が
亡くなったりすると
悲しみますが
その範囲が
ものすごく狭くなっている
ような感じです。

そうなると
「人口削減○○億」
と言われても
「へえ」
という感じになってきます。

気がつくと
次第に自分中心の考え方に
なっている気がするんですね。


「働けなくなった人は生きていても仕方がない」
「食べているだけで何もしていない人は価値がない」
「昔は姥捨山があった」

などなど
生きていること自体に価値をおいていないと
そのような思考になってしまいます。

それでは
虫や動物の「生」は
価値のないものになってしまいます。

人間にとって
なんの役にも立っていないような
虫や動物は
生きていても意味がないのでしょうか。

「生」とは
そういうことでは
ないと思います。



人間の価値とは
行為によって測られるものではなく
存在自体に無条件に備わっているもの
だと思うのです。

ただある
ただいる

その価値を
そっと目を閉じて
感じようとしてみると
そこにとてつもない価値を
感じる瞬間があります。

あらゆる命へ共感したとき
勝手に涙が溢れてきます。

この感覚を
みんなが思い出したら
自然と「本当に地球にとって
いいことは何か」を
考えられるようになると思うのです。

未来がそんな世界になることを
心から祈りたいと思います。

ではね!




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